母の悲しみは一生消えない <夢の島殺人事件> 2002/2/22
〜〜 一人息子を奪われた悲しみは、一生消えない 〜〜

犯人の少年たちは今年の夏頃には少年院を退院するが、
犠牲者のお母さんは老人ホーム暮らし!?

 一昨年二月十日に起きた夢の島殺人事件は今年で二年目にあたり。三回忌を前に、息子を失った母親と捜査幹部の対面があったという記事が2月8日の東京新聞に掲載されていた。

 捜査幹部と犠牲者のお母さんは三回忌を前に念願の対面をし、警察幹部がお守りを手渡したという心温まる話だ。
 また、事件現場には、警察の担当者などがお金を出して「ミツマタツツジ」と「ジンチョウゲ」を植樹してくれたそうだ。 ドラマのようなことが実際の警視庁でも行われていることに感動してしまった。

 事件の後ずっと気になっていたSさんの母親のことだが、やっと新聞により明らかになった。
 亡くなわれたSさんは母一人子一人の母子家庭。息子の命を奪われ一人になってしまったお母さんは売り払って老人ホーム暮らしをしているという。

 ある筋からの情報によるとSさんの墓地は川崎市内にあるが、お母さんも高年齢であることから、三回忌を期に永代供養に移されたそうだ。

 犯人からは今まで何のお詫びもないという。刑事事件は決着したものの民事訴訟は一向に進んでいないらしい。
 犯人の少年たちは早ければ今年の夏には少年院から退院されてくるというのに、お母さんは老人ホーム暮らしとは皮肉な話だ。
 一人息子を奪われた悲しみは、一生消えない。
 なんという無惨な結末なのだろうか。

 

 警察の方が犠牲者の母親の事をここまで親身になってくれているとは考えもしなかった。

 自分はこの2年間HPで事件の情報を流し、ハッテン場のマナー向上を訴えてきた。先日久しぶりに現場へ行ってみたが、相変わらず新木場はテッシュやコンドームが捨てられており一向に改善されていなかった。

 自分はこの2年間、何かをしなければと考えていたが、何も行動に移せずに2年の月日が過ぎてしまった事を情けなく思う。

 これから先、我々には何ができるだろうか・・・・・?

 いや、何をしなければならないのか。

 皆さんのご意見をお聞かせ願いたい。

2002年2月22日 
Parks heaven シンジのハッテン情報 しんじ


 

<東京新聞記事より抜粋>
少年犯罪の犠牲者の母に捜査幹部
 〜〜お守りが慰めてくれますように〜〜

 「息子さんの代わりだと思って。つらい時はこのお守りが慰めてくれますように」

 東京霞ヶ関の警視庁の一室。捜査幹部は一人息子を殺された母親(72)にこう語りかけ、小さなケースを手のひらに握らせた。
 中には扇形のキーホルダー。「末広がり」の幸福を願って、幹部が前任地の警察署の近くにある神社で買ったという贈り物に、母親は声を詰まらせた。

 (中省略)

 一昨年二月十日夜、一人息子=当時(32)=は都内の公園で金目当てのの中学生グループに襲われ、辺りにあった丸太棒などで殺害された。

 幹部は、事件からから半年後に捜査を担当した地元に署長として赴任。着任初日に、捜査員から「夢まくらに息子が立った」という母親の話を聞いた。事件の発生日が自分の誕生日と偶然同じだったこともあり、因縁めいたものも感じたという。

 息子を失い、一人暮らしとなった母親。捜査員たちは、犯人を逮捕し事件が解決した後も、仕事の合間を縫って母親を訪ねて励ました。

 母親は「警察の皆さんにお礼を言いたい」と切望。幹部は署長から外国人犯罪を捜査する部署に転任していたが、その話を聞きつけて本庁に母親を招き、この初対面となった。

 幹部に温かく迎えられた母親は、抑えてきた思いを一気に語り始めた。加害者からいまだに謝罪がないこと。自宅を売って老人ホームに入居したこと。民事訴訟を前に事件調書を読み通したことも訴えた。

 (中省略)

 「血を分けた一人息子を奪われた悲しみは、一生消えない」と母親は言った。その手に幹部が握らせた小さなお守りは今、愛する息子の仏前に大切に供えられている。

(東京新聞 2月8日夕刊記事より抜粋)

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